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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2275号 判決

控訴人 東海電機こと 中田道夫

右訴訟代理人弁護士 松井正治

被控訴人 山一産業株式会社

右訴訟代理人弁護士 三木祥男

主文

1.原判決を取り消す。

2.被控訴人の請求を棄却する。

3.訴訟費用は第一および第二審を通じこれを被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は左記のとおり付加訂正するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一、原判決書三枚目表九行目に「七二四、〇〇〇円」とあるのを「七二万四、四八〇円」と訂正する。

二、原判決書三枚目裏九行目末尾に

「(但しリベートの額は五六一、〇〇〇円ではなく一、〇四三、〇〇〇円である。)」を加入する。

三、原判決書記載の控訴人主張にかかる(抗弁)の内容(三枚目裏一一行目から四枚目四行目まで)を削り、次を加える。「(一)被控訴人主張の取引中、(1)、(2)のカラーテレビ各一台については一台当り四七、〇〇〇円小計九四、〇〇〇円の、(7)、(8)の同一〇台については一台当り五二、〇〇〇円小計五二〇、〇〇〇円の、(9)、(10)の同一二台については一台当り三四、〇〇〇円小計四〇八、〇〇〇円の、(11)の同一台については一台当り二一、〇〇〇円の以上合計一、〇四三、〇〇〇円のリベートを受けたのであって、被控訴人主張のリベート額五六一、〇〇〇円よりも四八二、〇〇〇円多いのである。そして、これが本件の係争金額なのである。

(二)被控訴人主張の単価および合計額が名目上の額としてそのとおりであることは認めるが、その総代金額三、七四〇、一九〇円から控除されるべきものは被控訴人の主張するリベート金五六万一、〇〇〇円にさらに四八二、〇〇〇円を加えた一、〇四三、〇〇〇円と被控訴人が主張し控訴人の争わない値引額二、七九〇円および金一六万〇、六九〇円相当の返品分の代金額であり、それらの控除の結果は二、五三三、七一〇円となるのである。

これに対し控訴人としては、被控訴人に正に右金額どおりの支払いをしたのでもはや残額はない。なお、被控訴人は後出の販売員秋本良雄の誤った報告に基づいて(乙第一号証の一一三万円中実際の支払は一〇〇万円であった)一三万円多く受領したように主張し、控訴人から二、六六三、七一〇円の入金があったとし、残額は三五二、〇〇〇円であるとして本訴請求をしているが、その当否は別として、以上の計算から、被控訴人の主張する残額は四八二、〇〇〇円となる筈のものである。

(三)ところで、右リベートの額をきめたのは、被控訴人の販売員として被控訴人との本件売買に当った訴外秋本良雄であり、同訴外人は被控訴人を代理して本件各売買契約を締結し、リベート額を含む代金額の決定はもとよりその代金を受領すべき権限を授与されていたものである。そして、とくに前出(7)、(8)のテレビ一〇台と同(9)、(10)記載のテレビ一二台については前記秋本が代金の即時払を懇請してリベート額を多くしたので毎月二〇日締切り、翌月一〇日払いの被控訴人との間の通常の決裁方法によらずに、同訴外人に対し、昭和四四年六月一〇日右(9)、(10)分について一、一七六、〇〇〇円を同月一二日に右(7)、(8)分について一〇〇万円をそれぞれ支払ったのである。

(四)仮に、右訴外人に右リベートの決定および代金受領の権限がなかったとしても控訴人と被控訴人間の取引は、当初から殆んど右訴外人のみを通じてなされており、右各取引に当り同人は品目、数量、価格の決定をみずから行ない、あたかもこれらの決定権を有したように見えたし、それでいて本件以前に取引上の事故、紛争等は発生しなかったのである。右は被控訴人が第三者である控訴人に対し右訴外人に本件取引上必要とされる行為の代理権を与えた旨表示したことを示すものである。

仮にそうでないとしても右秋本は被控訴会社の販売員である以上、たとえ被控訴会社内部では制限された範囲に限るにもせよ売買契約締結については代理権を授与されていたものであるところ、本件取引は右秋本がその被控訴会社における内部的な権限の制限を越えた場合に該当する。しかして、前記事情によれば、控訴人は秋本が控訴人主張のとおりのリベート額を決定し、あるいは相当な時機に販売代金を受領すべき権限を有したと信ずべき正当な事由を有する。

(五)よって秋本の前記リベート額決定を含む本件各売買契約締結および前記代金受領行為は民法第一〇九条または同法第一一〇条所定の表見代理の法理により被控訴人の行為としての効力を免れえず、被控訴人の請求する本件売掛代金債権は、前記のとおり全部弁済により消滅したことが計数上明らかである。

よって、被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきであり、これと趣を異にする原判決は取消を免れない。

(六)仮に、以上の理由がないとしても、被控訴会社が訴外秋本良雄において被控訴人方の販売代金等を横領した疑いをもって控訴人に対する売掛代金回収の状況等を調査した際、右訴外人の上司として被控訴会社の販売、経理等を担当していた関忠および甘利吉弘と控訴人との間で十分な討議検討をしたうえで、控訴人は昭和四四年七月一六日右検討による当日までの残額として三五七、七一〇円を支払い、次で、その後の取引を清算し、数口の取引を解消し返品をするなどして最終の清算分として昭和四四年七月二八日二六二、九四〇円を支払ったのであるが、その間右支払のほかになお未払があることを被控訴人側において主張したことはなく、訴外秋本のきめたリベート額を了解し、同訴外人の代金の受領を認めていたのであるから、被控訴人は訴外秋本の前記行為を追認したものというべきである。」

四、被控訴人の(抗弁に対する認否)の内容(原判決書四枚目裏六行目から同一〇行目まで)を削り、次を加える。

「控訴人の当審における主張中、(六)の各金員支払があったことのみを認め、その余の被控訴人の従来の主張に反する部分は争う。訴外秋本は控訴人主張の趣旨の代理権を有したものではない。

被控訴会社が控訴人のような安売店に商品を卸売するときは、毎月商品の最低価格を機種毎に社内で決定し、秋本のようなセールスマンは右最低価格以下の値段をもって取引することは許されず、右価格以上の価格を小売店との交渉によって定め、交渉が整うとこれを会社に報告し、会社はその価格が右最低価格を超えていれば出荷し右価格以下であれば出荷しない仕組となっている。従って秋本が控訴人主張のような著しい安値で販売したとしてもそのような売買をなすべき代理権は与えられていない。

また控訴人との間における取引上の決済は毎月二一日から翌月二〇日までに売渡した分を集計して翌月一〇日に支払うことになっていた。この慣習を無視して右支払日以外に秋本に支払をしても同人は代金を受領する権限はないものである。

以上の次第で被控訴人は秋本に対し控訴人主張の内容の代理権を授与したことはないし、またこれを与えた旨第三者に表示したこともないことが明らかである。更に控訴人が秋本に代理権ありと信ずるにつき正当な事由を有したとの主張も根拠のないことが明白である。」

五、証拠関係〈省略〉。

理由

一、被控訴人主張の家庭電化品取引のうち、リベート(販売助成費)の額、控訴人の代金支払額が少なくとも二、五三三、七一〇円であったこと(被控訴人はさらに一三万円多く受領したと主張している)は、当事者間に争いがない。

二、〈証拠〉を総合すると前出事実三、において付加された控訴人の主張(一)ないし(三)記載の事実(但し、訴外秋本の代理権限の点を除く)を認定することができ、当審証人秋本良雄の証言中右認定にそわない部分は、当審における控訴人本人尋問の結果に照らすと、忘却ないしは記憶違いに基づくものと考えられるので採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

三、そこで訴外秋本良雄の代理権につき検討する。

原審および当審証人関忠、当審における証人秋本良雄の証言および控訴人本人尋問の結果によると、左記事実を認定でき右認定を左右する証拠は存在しない。

(一)秋本良雄は被控訴会社へ昭和三八年三月一日入社し、同社秋葉原営業所に勤務し、秋葉原商店街への電機製品の卸売のセールスと集金の事務に従事した。東海電機こと中田道夫は右訴外人において開拓した取引先であって、昭和四二年一〇月頃から取引を開始し、主としてステレオ、テレビを卸売した。

(二)被控訴会社の販売員による卸売の方法は秋葉原小売商店街のような廉売店(控訴人もその一つである。)に対する場合は、月毎に本社で各商品の機種毎に、最低販売価格を定め、販売員は右価格以上の適当な価格で小売店と販売契約を結ぶよう命ぜられており、販売員が独断でこれを超えることは許されなかった。

また販売員は集金も行なったがそれは毎月二〇日締め切りでその月分を翌月一〇日にまとめて集金するという慣習であった。

(三)右認定の事実関係によれば訴外秋本良雄は、被控訴会社内部においてはその担当する商品の販売において数量、価格およびリベート額の決定慣習上の時期外での代金受領等についての代理権を授与されておらず、また、その代理権のある旨が被控訴人によって第三者である控訴人に表示されたこともなかったことが明らかである。

以上の次第で右訴外人には控訴人主張の正当な権限はなく、また控訴人主張の行為について民法第一〇九条による表見代理の法理が適用される余地のないことも明らかである。

四、そこでつぎに同法第一一〇条所定の正当事由の有無について判断する。

(一)控訴人、被控訴人間の家庭電化品取引は訴外秋本の開拓によるものであり、同訴外人の専属的な担当であったことは前記認定のとおりである。

(二)本件で争いとなっている前記リベートのあったカラーテレビはいずれも一機種で一〇台以上取引されており、当審における証人秋本良雄の証言および控訴人本人尋問の結果によれば、同一機種の取引数量が多ければ安く取引されるという一般的傾向があり、かつ、当初から一機種一〇台以上の取引を目標とされていたこと、取引に当っては訴外秋本が被控訴人側と交渉して取引毎にリベートを定めるものであり、その割合等は一貫せず、その都度協議して定められていたこと、当時秋葉原におけるテレビの卸売取引は、どちらかといえば買手市場で、代金即時払いの場合には価格は小売店の指値が基準となることが多く、製造業者によって定められた卸値よりも三、四割低いことは珍しくなかったこと、被控訴会社において昭和四四年六月末頃訴外秋本の不正行為に気付き、直ちにその頃から三回に亘って控訴人に対する商品売込みの状況、とくに代金額、リベート額、代金受領額等を訴外秋本の上司である営業所長関忠および経理担当の甘利吉弘は訴外秋本を同道しまたは別個に控訴人方に行かせて調査させ、その調査の過程ではとくに反論をすることなく訴外秋本のきめたリベート額を前提とした残金を二度に亘って受領し、少なくとも秋本の受領した通常の支払日外の代金受領を認めたことを認定することができ原審および当審における証人関忠の証言中、右認定にそわない部分は採用せず、他に右認定を左右するのに足りる証拠はない。

(三)以上において認定した契約時前後の事情によれば、訴外秋本は被控訴会社内部できめた範囲でのリベート、値引等をして控訴人と家庭電化品の売買契約を締結する代理権を超えて前記控訴人との取引行為をしたのではあったが、被控訴会社においても右越権行為自体をそれ程に重大視していた様子もなく、もとより控訴人は右訴外人の右行為が一部越権であったことを知るよしもなく、その正当な代理行為であることを信じていたものであり、かつまた、その信じたことにつき正当の事由があったと解するのが相当である。

そうすると、訴外秋本によってなされた前記控訴人主張のリベートを含む売買行為は民法第一一〇条所定の表見代理行為として被控訴人にとっても有効に成立したこととなる。

五、以上によれば、結局、被控訴人主張の本件家庭電化品販売代金合計三、七四〇、一九〇円から被控訴人主張の控除額七二四、四八〇円にさらにリベート額四八二、〇〇〇円をも控除した二、五三三、七一〇円が控訴人の支払うべき金額であるというべきところ、控訴人が少なくとも右と同額を支払ったことについては当事者間に争いがないので、被控訴人の本件請求は失当として棄却されるべきである。

よってこれと趣を異にする原判決は取消を免れない。

そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条および第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畔上英治 裁判官 下門祥人 兼子徹夫)

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